仕事がしんどい、と最初に思った瞬間

「えらい仕事がしんどいな」と、はじめて強く思ったのは前職の自衛隊時代でした。

当時は駐屯地の通信インフラを整備する部隊に所属し、電話工事やPCの配線、電柱に登っての屋外作業など、いわゆる現場仕事をしていました。
陸曹に昇任してからは、現場リーダーを任される機会が一気に増え、作業そのものよりも「調整役」として動く時間が多くなっていきました。

作業員の手配、他部隊との調整、準備、報告。
本来なら分担されるはずの仕事を、気がつけばほとんど一人で抱え込んでいました。


現場を仕切る立場なのに、気を使っていた違和感

特に違和感が強かったのは、先輩隊員を現場作業員として使う場面です。
年上で階級も上の先輩にお願いし、現場に来てもらい、作業が終われば帰っていただく。その後の工具の片付けやメンテナンス、報告書作成は、すべて自分。

「あれ? なんで自分、現場を仕切る立場なのに、こんなに気を使ってるんだ?」

作業上は同じチームの一員であり、役割としては一つのコマに過ぎないはずなのに、関係性だけで歪みが生まれていました。
そのせいで、本来リーダーがやるべき全体調整が疎かになる。
これはもう、本末転倒だなと思いました。


「できない部下」と決めつける前に

当時は「できない部下だ」と決めつけて、結局すべて自分でやってしまう上司も珍しくありませんでした。
でもそれは、本当に部下の問題だったのか。

指示の出し方や、教え方、任せ方を見直す前に「自分がやったほうが早い」と結論づけていただけではないのか。
そんな疑問が、ずっと頭の中に残っていました。


属人化が生む、誰も得をしない状況

属人化の怖さを、はっきりと目の当たりにした経験もあります。
ある配線工事が、特定の先輩隊員の頭の中にしかなく、引き継ぎ資料も残されないまま転属してしまったことがありました。

「このままじゃマズいですよ」と何度も伝えたのですが、結局共有されることはありませんでした。
後任として着任した上司が状況を知り、かなり厳しく叱責していたのを今でも覚えています。

その先輩はよく

「俺にしかできない」「仕事が多すぎる」「誰にも任せられない」

と言っていました。

でも内心では、 それ、共有しないからじゃないですか? と思っていました。


教えることは、正直めちゃくちゃ大変

知識を独占することで、自分の立場を守っているつもりだったのかもしれません。
でも結果的に、組織は回らず、本人も楽になっていませんでした。

正直に言うと、教育はとてつもなくコストがかかります。
相手の理解度、適性、相性。
思った通りに進むことなんて、ほとんどありません。

それでも転職前には、自分が得てきた知見をできる限り共有し、「自分のコピーを作る」ことを意識しました。


失敗させることも、教育のうち

教育の中で意識していたのは、相手は知らない前提で話すこと
「そんなことも知らないのか」と言われた経験があったからこそ、同じことは絶対にしないと決めていました。

あえて失敗させることもありました。
失敗しても怒らない、責めない。
「今のは何が足りなかったか」を一緒に振り返る。

それを繰り返すことで、質問への恐怖心が薄れ、コミュニケーションが増え、結果として成果が伸びた隊員もいました。


優しさの定義が変わった

昔の自分は、「やってあげること」が優しさだと思っていました。
でもそれは、ただ都合のいい人になるだけだったのかもしれません。

今はこう考えています。

本当の優しさは、知識を共有し、任せ、組織が回る状態を作ること。

ときには厳しさも必要だし、突き放すように見える判断が、
結果的に成長につながることもある。


「できる人がやる」から卒業しよう

属人化したところで、保持している人の価値が青天井に上がるわけではありません。
仕事が一点集中しているなら分散する。
知識が独占されているなら共有する。

濃度を均一化しなければ、組織はいつまでも「いい人」か「独占者」に依存し続けます。

それは、本当に健全な状態でしょうか。

個人的には、 自分のコピーを作って、そっちに仕事を任せて、楽をする。
それくらいのスタンスでいいと思っています。

そのほうが、組織は強くなるし、人も前に進める。
「できる人がやる」から卒業することが、結果的に一番優しい選択なのだと、今はそう思っています。